戸山翻訳農場

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2013年

11月

28日

詩人と農夫                       訳:岡野桂

 先日、詩人の友人が、生まれてこのかた自然に寄り添いながら暮らしてきた男なのだが、詩を書いて、編集者にみせた。

 それは生き生きとした田園詩で、野原のほんものの息吹と鳥たちの歌と小川の心地よいせせらぎに満ちていた。

 その詩のことで彼がもう一度編集者に会いにゆくと、ビーフステーキのご馳走を内心では期待していたのに、作品がこんなコメント付きで差し戻された。

 「不自然すぎる」

 私たちは何人かで集まると、ダッチェス郡(←ニューヨーク北部にあり、ワインの産地として有名)の赤ワインを囲み、スパゲッティをフォークからボロボロこぼしながら、憤懣を飲み下した。

 そして編集者を一杯食わせてやろうということになった。同席した者のなかにけっこう名の知られた小説家のコナントがいたのだ――生まれてこのかたアスファルトの上しか歩いたことがなく、特急列車の窓から田園風景が見えるだけでもげんなりしてしまうような男だ。

 コナントが一篇の詩を書きあげ、「雌鹿と細流」というタイトルをつけた。その詩は、アマリリスのなかの散策はせいぜい花屋のウィンドウまで、鳥についての議論はレストランのウエイターとだけ、というような詩人から期待できるのはこんなものだろうという、いい見本のような作品になった。コナントがその詩に署名をし、みんなで当の編集者に送りつけた。

 しかし、これは本題とはあまり関係がない。

 

 その編集者がその詩の第一行に目を通していたちょうどその頃、翌朝のことだが、ウエスト・ショア・フェリーボートから生きものが一匹飛び出して、四十二丁目をのそのそと進んでいた。

 その闖入者はライトブルーの瞳をした若者で、口は半開き、髪は、ミスター・ブレイニー(←チャールズ・E・ブレイニー。二十世紀初頭の劇作家、俳優、プロデューサーで、「メロドラマの王」と呼ばれた)の芝居にでてくる幼い孤児(のちに伯爵の娘だとわかる)のとまったく同じ色をしていた。ズボンはコールテンで、上着は半袖で、ボタンは背中の真ん中についていた。長靴は片方だけがコールテンの外に出ていた。麦わら帽子は、無駄に終わろうとも、ついつい耳を出す穴が開いているかもしれないと探してしまうようなしろもので、その形状から、馬がかぶっていたのを奪いとってきたのではないかという疑惑を生じさせた。手にさげている旅行鞄――これを描写するのは無理な話だ。古風なボストン人といえども、これにランチと法律書をつめてオフィスに行く気にはならないだろう。そして、片方の耳の上、髪の毛のなかにくっついていたのは一掴(つか)みの干し草だった――まさに田舎者だという保証書、純真無垢の象徴、世間擦れした怠け者どもを恥じ入らせるエデンの園の名残である。

 すました顔で、微笑みを浮かべながら、都会人たちがそばを通り過ぎていったが、野蛮人のよそ者が側溝のなかに立って高いビルのほうに首を伸ばしている姿を目にすると、笑みは消えて、見ようとすらしなくなった。またこれか、といった風にだ。なかには年代物の旅行鞄をちらりと見やる者もいて、いったいコニー・アイランドのどの「アトラクション」を、あるいはチューインガムのどのブランドを懸命に覚えこもうとしているんだろうか、と様子をうかがった。しかし、大半は無視した。新聞売りの少年でさえ、馬車や路面電車をよけてサーカスのピエロみたいに跳びはねている彼の姿に、うんざりしていた。

 八番街に〈ペテン師ハリー〉が立っていた。染めた口髭に、きらきらした人のよさそうな目をしていた。ハリーはかなりの役者だったから、やりすぎな演技をする役者には我慢ならなかった。宝石店のショーウィンドウの前に立ち止まって口をぽかんと開けている田舎者に近づいていくと、首を振った。

 「盛りすぎだな、兄さん」と言って、けちをつけた。「ちょっぴり盛りすぎだ。なにが狙いかわからんが、その小道具、盛りすぎだぜ。その干し草なんか、うん――そうよ、プロクターの劇場(←ボードビルの興業主FF・プロクターが経営する劇場チェーンは盛り沢山の演し物で圧倒的な人気を誇った)でだってもう使わせねえぞ」

 「言ってること、わからんです、ミスタ」街の新入りは言った。。「サーカスに入ろうなんて思ってないです。アルスター郡(←ダッチェス郡に隣接する)から都会見物に来たんです、干し草作りも終わったんで。ひぇぇ! それにしてもでっけぇわ。ポーキプシー(←ダッチェス郡の郡庁所在地)も立派なもんと思ってたけど、この町はその五倍はおっきい」

 「おいおい」〈ペテン師ハリー〉は眉根を寄せた。「べつに口出しするつもりはなかったんだ。いいよ、話してくれなくても。ただ、ちょっとばかり抑えたほうがいいと思ったわけ、知恵つけてやりたかった。どんな手口にせよ、うまくいくのを願ってるぜ。どうだい、とにかく一杯やろうぜ」

 「ラガービール一杯くらいならいいよ」相手も同意した。

 人あたりの良さそうな顔に狡そうな目をした男たちが溜まっているカフェに入ると、ふたりは飲みものをもって腰かけた。

 「あんたに会えてよかった、ミスタ」干し草頭が言った。「セブンアップですこし勝負やらんかい? ケードは持ってるよ」

 ノアの遺物みたいな旅行鞄からごそごそ取りだした――ほかではなかなかお目にかかれないようなトランプで、ベーコン料理の脂でぎらつき、トウモロコシ畑の土で汚れていた。

 〈ペテン師ハリー〉はしばし大きな声をあげて笑った。

 「俺はいい、兄弟」彼はきっぱりと言った。「おまえさんの変装にはすこしも反対じゃない。ただ、やりすぎだと言ってんだ。アホな田舎者だって、七九年からこっち、電球が登場してからこっち、そんななりはしてないぜ。そんな格好じゃブルックリンでネジ式の懐中時計をいただく仕事もできるか怪しいもんだ」

 「ああ、俺に金がないと思ってるね、心配ないよ」干し草頭は得意げだった。ぎゅっと丸く縛り上げられてティーカップくらいの大きさになった札の塊を引っぱりだすと、テーブルの上においた。

 「ばあちゃんの農場からの俺の相続分だ」彼は言い放った。「この丸っこいの、九五○ドルある。都会に行って、これでやれるなんかいいビジネスを探してやろうと思ったんだ」

 〈ペテン師ハリー〉は札束を掴み上げると、にこやかな目つきで感心したといわんばかりに、眺めた。

 「まえに見たのはもっとひどかった」彼は鑑定するように言った。「しかし、そんな身なりじゃ、やってけねえぞ。薄い茶の革靴や黒いスーツやカラフルなバンドを巻いた麦わら帽子は必要だな、そしてピッツバーグの鉄鋼とか運送コストとかの話をぺらぺらしなきゃ、そして朝食にはシェリーを飲む。このてのニセモノで仕事をしたいっていうなら」

 「あいつの専門はなんだい?」と狡そうな目つきをした二、三人の男たちが〈ペテン師ハリー〉に訊いた。干し草頭はケチをつけられた札束をまとめて立ち去っていた。

 「ニセ札だろ」ハリーは言った。「でなきゃ、ジェロームのところのやつだ。あるいは、新しい手口をもったやつ。やりすぎの干し草野郎だよ。ひょっとすると――ちょっとは気になるが――いやいや、ほんものの金であるはずはねぇな」

 干し草頭は外をぶらぶら歩いていた。喉の渇きにまた襲われたのか、脇道の薄暗い酒場に飛び込むとビールを注文した。彼が入ってくると、店にいた連中の目がしばし輝いたが、しかし、しつこいくらいおおげさな田舎臭さが際立つにつれ、彼らの表情も用心深く懐疑的なものに変わった。

 干し草頭は、旅行鞄をバーカウンターに勢いよくのせた。

 「しばらく、こいつを預かっといてくれんか? ミスタ」いかにも粗悪品の黄褐色の葉巻をくしゃくしゃ噛みながら言った。「ちょいと一まわりしたら、帰ってくるから。目を離さないでよ。なんちゅっても、こんなかには九五○ドルはいってんだ。たぶん俺を見てもそんなふうには思えんだろうけど」

 外のどこかの蓄音機から楽団の曲が鳴りだすと、干し草頭はそれにつられて出ていった。上着のボタンが背中の真ん中で取れかけて揺れていた。

 「デイヴィ、マイク」と言ったのはカウンターに張りついていた男たちで、露骨に目配せをしあった。

 「たいしたもんだな、いまの」バーテンダーは旅行鞄を隅っこへ蹴り飛ばして言った。「あんたら、あんなのに俺がひっかかるとはまさか思ってねえだろうな? だれが見たって、あれは新米じゃねえよ。おおかたマカドゥーのとこのペテン師だろう。ひとりでやったのかな、冗談みたいな扮装しやがって。いまどきあんな格好をした奴は田舎にだっていねえよ。ロードアイランドのプロビデンスみたいなところにもただで郵便が届けられるようになったご時世だ、あんなのはいねえ。あの鞄に九五〇だと? 九十八セントのウォーターバリーの時計が九時五十分でとまってるってことじゃねえか」(←田舎の津々浦々まで郵便が無料で配達されるようになったのは一八九六年のこと)

 干し草頭は、ミスタ・エジソンの発明品を満喫すると、旅行鞄を取りに戻ってきた。そのあとはブロードウェイに繰り出し、ぶらぶら歩きながら、熱のこもった青い瞳でくまなく見てまわった。しかし、ブロードウェイはいつにもましてそっけない一瞥と冷たい笑みで彼をはねつけた。都会が耐えねばならないどうにも古くさい「ギャグ」に彼はなっていた。そのありえなさは凶悪なくらいで、超がつくほど田舎くさく、農家の庭や干し草畑やヴォードヴィルの舞台で目にするとびきり不気味な品々よりもはるかに素っ頓狂だったから、ひとの不満と不安を掻きたてるばかりだった。髪についた干し草の束も、本ものきわまりない、フレッシュで、草原の香りが漂う、うるさいくらい田舎的なものだったから、豆隠し手品のイカサマ師すら(←三個のクルミの殻のひとつに豆を隠し、どれに入っているかを当てさせる賭博)、それを目にするとさっさと豆をしまってテーブルをかたづけるくらいだった。

 干し草頭は石の階段に腰をおろして、旅行鞄の中から黄ばんだ紙幣の束を掘り出した。外側から二十ドル札を一枚剥ぎ取り、新聞売りの少年を手招きした。

 「ぼうず」彼は言った。「どこかでこいつを両替してきてくれねえか。細かい金がほとんどなくてね。急いで行ってきてくれたら、五セント玉をやるから」

 心外だという表情が新聞売りの少年の黒い顔に浮かびあがった。

 「あぁ、アホじゃねえの! 消えなって、そのおっかしな札はてめえで両替してこいや。てめぇみたいな服、どこの田舎でも着てねえって。ニセ札もって消えろ」

 角でぶらぶらしていたのは、鋭い目つきの賭場の客引きだった。干し草頭が目に入ると、その表情はいきなり醒めた堅実なものに変わった。

 「ミスタ」田舎者が言った。「ここいらにセブンアップとかキーノの数字当てがやれるとこがあるって聞いてきた。この鞄には九五〇ドル入ってる、故郷のアルスター郡から観光に来ただよ。九ドルか十ドルぐらいで遊べるとこ知らんですか? ちょっと楽しんだら、なんかいいビジネスをやってるとこを買収しようかと思ってんだ」

 客引きは苦々しい顔になり、自分の左の人さし指の爪の白い斑点を眺めた。

 「帰ったら、旦那」客引きは呟いた、咎めるような口調になっていた。「警察本部もすっかり頭がおかしくなったんじゃないの、そんな化けものみたいな格好をさせてあんたを潜り込ませようだなんて。そんなトニー・パスター(←ヴォードビルをニューヨークに普及させた先駆者)の芝居の舞台衣装みたいななりじゃ、道端でやってるクラップのゲームにも二ブロックも近づけねえすよ。最近ご活躍のデスバレーのミスタ・スコッティ(←ネヴァダ州のデスバレーに城を構えて冒険的な行動と大がかりな詐欺で全米に名を轟かせた)には、まあ、さすがのあんたもぜんぜんかなわねえけどさ、なにしろ、あっちはエリザベス朝演劇並みの舞台立てや小道具をフル活用してくるから。引きあげたほうがいいすよ。はい、知らねえです、エースに警察を賭けてくるような金ピカのホールなんて」

 不自然なものをただちに察知する大都会にまたしてもはねのけられた干し草頭は、縁石に座り、思索をめぐらし、ひとりで協議した。

 「服だ」彼は言った。「くそッ、これでなきゃいいんだ。田舎もんだと思って関わろうとしないんだ。この帽子、アルスター郡では笑われたことなんかなかったのに。ニューヨークでひとに認めてもらうには、みんなみたいにドレスアップしなきゃなんねえのかな」

 そこで干し草頭は、露店が並んでいる一画へ買い物に行った。男たちが鼻から声を出し、揉み手をしながら、うっとり顔で彼のぽっこりふくらんだ胸に巻き尺を当ててきたが、胸がふくらんでいるのは一列に粒が偶数並ぶ小さな赤トウモロコシが内ポケットに入っているからだった。やがて、配達人たちが箱をいくつも持って、ロングエイカー・スクエア(←現在のタイムズ・スクエア)の明かりがまぶしいブロードウェイの彼のホテルへ続々と運びこんだ。

 夜の九時、歩道に降りたったのは、アルスター郡が関わりを拒絶したくなるような男だった。きらきらした茶の革靴に、帽子は最新の型だった。薄いグレーのズボンにはしっかりと折り目がついていた。鮮やかなブルーのシルクのハンカチがエレガントな英国仕立てのウォーキングコートの胸ポケットからのぞいていた。襟は洗濯屋のウィンドウに飾ってありそうなほどピンとしていた。ブロンドの髪もきちんと整えられていた。あの干し草の束は消えていた。

 彼はしばし立ちどまった。まばゆい輝きが彼をつつみ、遊び人が夜のお楽しみのコースを考えているような悠々とした風情が漂った。それから彼は華やかなまぶしい通りへ、大富豪のゆったりと優雅な足どりで歩いて行った。

 だが、立ちどまっていたとき、ニューヨーク一狡猾で俊敏な目が視野に彼を捉えていた。灰色の目をしたその太った男は眉をぴくりと吊り上げて、ホテルの前でたむろしていた二人の仲間を呼び寄せた。

 「あんなにうまそうなカモ、半年ぶりだ」灰色の目が言った。「行くぞ」

 十一時半、一人の男が、西四十七丁目の警察署に駆け込んできて、ひどいことになったと話した。

 「九百五○ドルだよ」男は喘いでいた。「ばあちゃんの農場から相続した全部だ」

 対応した警官は、ジャベス・ブルタンという田舎くさい名前とアルスター郡ローカストヴァレーからやってきたことを、男からどうにか聞きだすと、おもむろに暴漢たちの特徴を聴取しはじめた。

 

 コナントは、編集者のところに詩の運命を尋ねに行くと、雑用係などそっちのけで、即座にロダンやJ・G・ブラウンの像が飾られた奥のオフィスへ案内された。

 「「牡鹿と細流」の第一行を拝読してすぐわかりましたよ」と編集者は言った。「これは自然と心を通わせてきたひとの作品だな、と。洗練の芸が発揮された詩行に惑わされてそれを見落とすようなことはありませんでした。野暮な喩えになりますが、森や草原を駆け回る野生児が流行の服をまとってブロードウェイを闊歩しているみたいでしたよ。服の上からでも人間の真の姿は見えてくるものですね」

 「それはどうも」コナントは言った。

 「小切手は木曜日になるのね、いつもどおり」

 

 この話の教訓はどうしたものだろう、一つに絞れない。好きなほうを選びとってもらいたい。「農場にとどまれ」か、「詩は書くな」か。