戸山翻訳農場

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2014年

2月

11日

マーティン・バーニィの変心              訳:和田惣也

ウォルター卿の心を落ち着かせる植物[]の肩をもつことになりますが、ひとつ、マーティン・バーニィの事例を見てみましょうか。

 ハーレム川の西岸に沿ってスピードウェイが建設されていたときだ。下請けのデニス・コリガンの賄い船が岸辺の木につながれていた。小さな緑の島[]からやって来た二十二人の男たちがそこで筋肉が裂けてしまうほどの労働に骨折っていた。そのなかで一人、賄い船のキッチンで働いている男だけはゴート族[]の血を引いていた。そんな連中の上に君臨していたのが法外な要求をしてくるコリガンで、奴隷船の船長のように男たちを苦しめていた。わずかな給料しか払わないので、ほとんどの男は、どんなに働いても、稼ぎはせいぜい食事代や煙草代にしかならなかった。だから、多くがコリガンに借金していた。彼はみんなを賄い船に住まわせ、それなりの食事は与えていたが、彼らの労働で元はとれた。

 マーティン・バーニィは、だれよりもはるかに劣っていた。小さな男で、筋肉も手も足もぜんぶ小さく、赤が混じった灰色の無精髭を生やしていた。強力なパワーシャベル並みの力が必要な仕事に、彼はあまりにも軽量すぎた。

 仕事はきつかった。おまけに、岸辺では蚊がブンブンとうなっていた。暗い部屋に入れられた子供が慰めをくれる窓からの淡い光をじっと見つめるように、こき使われる彼らは一時間ほど夕陽を見て一日の苦々しさを紛らわしていた。夕暮れの夕食が済むと、川べりで身を寄せ合い、二十三本のパイプから意地悪な煙を吹きだしては、ぶんぶんうなる蚊を右往左往させるのだった。そんなふうに一致団結して敵とたたかいながら、その一時間、歓びのボウルからこぼれるおいしそうな煙の雫(しずく)を味わうのだった。

週ごとにバーニィは借金の深みに入った。コリガンは船に商品をいくらかストックしていて、ぜったいに損しない値段で男たちに売っていたのだ。バーニィは煙草売り場のお得意様だった。朝、仕事にいくときに一袋、夜、仕事から戻ると一袋という具合だから、勘定は日々膨れあがった。バーニィはかなりのスモーカーだったのだ。とはいえ、パイプをくわえて食事をしていたというのは本当ではない、そういう噂はあったが。この小男に不満はなかった。食べ物はたっぷりあるし、煙草もたっぷりあるし、呪い殺したい暴君もいるのだ。アイルランド人の彼が、これで満足しないなんてことがありますか?

ある朝、みんなと仕事に向かうとき、バーニィはいつも通り煙草を一袋求めてパイン材のカウンターに立ち寄った。

 「おめえにやるもんはもうねえよ」コリガンは言った。「おめえとの取引はおしまいだ。返ってくるあてがねえからな。煙草はもうねえんだ、ぼうず。煙草のツケはおしまいだ。働いておまんまにありつきたいんなら、そうしろ。だが、煙草は値上がりした、たった今な。悪いことは言わねぇ、新しい仕事を探すんだな」

 「おいらのパイプ、空っぽなんだよ、コリガンさん」とバーニィは言った、どうしてこんな目に遭うのか、よくわかっていなかった。

 「稼ぐんだ」と、コリガンは言った、「買うのはそれからだ」

バーニィは出て行かなかった。ほかの仕事なんてぜんぜん知らなかったのだ。すぐには気づかなかったが、彼にとって煙草は、父であり母であり、司祭であり、恋人であり、妻であり、子供でもあった。

三日間はなんとかほかの男たちの袋からもらってパイプに詰めていたが、そのうちみんなくれなくなった、だれひとり。全員が、荒っぽいが優しい口調で、こう言った。この世にあるいろんな品物のなかで、たしかに煙草がいちばん、欲しけりゃ仲間からすぐにもらえるものだ、しかし、それが当座しのぎの域を越えて、同志の蓄えを要求するようになったら、友情もおおいに危うくなるのだ、と。

 やがて、黒い穴があらわれ、バーニィの心いっぱいに広がった。死んだパイプの骸(むくろ)をしゃぶって、よろめきながら石と土の荷車を押す仕事をしていると、生まれて初めてアダムの呪いを我がことのように感じた。ほかの人間なら、ひとつ愉しみを失えば、べつの喜びにすがることだろう、しかし、バーニィの人生には慰めは二つしかなかった。一つはパイプ、もう一つは、このヨルダン川の岸の向こうにまたひとつスピードウェイが作られるようなことはないだろうという、考えるだけでも恍惚としてくるような希望だ。

 食事の時間になると、バーニィはほかの男たちを先に船にやり、それから手と膝をついて、さっきまでみんなが座っていた地べたをがむしゃらに這いまわり、煙草の葉が落ちていないかと探しまわった。一度、川岸までこっそり行って、枯れた柳の葉をパイプに詰めてみたこともある。初めの一服で船に向かって唾を吐きだした。つづけて、コリガンに向かって知りうるかぎりの最強の呪いを――コリガン一族の最初の一人から、ガブリエルの終末を告げるトランペットを聞くコリガン一族の最後の一人に至るまでの呪いを――吐いた。コリガンへの憎しみで身も心もぶるぶると震えてきた。いっそ殺してやろうかとも考えた。五日間、煙草を味わうことなく過ごしたのだ――一日中煙草を吸い、ベッドの中で吸う一、二本のために起きられない夜など無意味だと考えていたような男がだ。

ある日、一人の男が船にやってきて、ブロンクス・パークで改良工事がある、働ける者を大量に募っている、と言った。

食後、バーニィは、みんなのパイプの発狂しそうな匂いから遠ざかるべく、川岸を三十ヤードほど歩き、石の上に腰を下ろした。ブロンクスに行こうかと考えていた。そうすれば少なくとも煙草代は稼げるだろう。コリガンへの借金なんかかまうことはねぇ。どうせ誰かの分で穴を埋めるんだから。しかし、パイプを取り上げた非情な守銭奴に負けっ放しで引きあげるのはいやだった。何かうまい方法はないか?

無骨者たちの間をそっとぬって、トニーが近づいてきた。ゴート人の子孫の、キッチンで働いている男で、バーニィのそばに来るとニヤリと笑った。気の毒な男のほうは、人種的な敵意と都会への軽蔑をみなぎらせて、噛みつくように言った、「なんの用だ――イタ公?」

トニーもまた不満を持っていた――そして企みも。彼もまたコリガン嫌いの一人で、同類を見つけるのに鼻が利いた。

 「コリガンをどう思う?」彼は尋ねた。「いい奴だって思うか?」

 「くそくらえだ」バーニィは言った。「あいつの肝臓なんか水になればいい、あいつの心臓の冷気であいつの骨なんか砕ければいい。あいつの一族の墓には臭い臭いカミツレモドキの草が生い茂ればいい、あいつの子供の孫どもは目なしで生まれてくればいい。あいつの口のなかでウィスキーは酸っぱい腐った牛乳になればいい。あいつがくしゃみをするたびにあいつの足の裏に肉刺(まめ)ができればいい。あいつのパイプの煙であいつの目から涙がでたら、そのしずくが牧草に落ちて、それを牛が食い、それで毒のバターができ、それをあいつがパンに塗ればいい」

トニーは、このイメージの美しさにはついていけなかったが、方向としては十分に反コリガンであると察しがついた。そこで、共謀者になると信頼し、バーニィのとなりへ来て石に座ると、企みを打ち明けた。

それは極めてシンプルな計画だった。毎日、昼食の後、コリガンは寝棚で一時間ほど寝るのが習慣になっている。その時間になると、コックでありコリガンの助手でもあるトニーは、物音で独裁者が目を覚まさぬよう、船から離れなければならない。この一時間をコックはいつもウォーキングにあてていた。トニーの計画は、コリガンが眠ったら自分とバーニィとで船を岸に繋ぎとめている係留ロープを切るというものだった。トニーには一人でそれを実行する度胸がなかったのだ。不安定になった船は急流に揺さぶられて、下にある岩にぶつかって確実に転覆するだろう。

 「そいつぁいい、はやいとこやっちまおうぜ」バーニィは言った。「おれの胸にあいた穴ぼこが煙草の味を求めて疼くみたいに、あいつに蹴られたあんたの背中がじくじく疼きだしたら、ロープを切る手も鈍っちまうからよ」

 「オーライ」トニーは言った。「だけどな、あと十分は待った方がいい。コリガンにはぐっすりたっぷり眠ってもらう」

彼らは石の上に座って待った。ほかの男たちは仕事をしていて道の曲がり角の先にいたので姿は見えなかった。万事うまく行っていただろう――たぶん、コリガンについては――もしもトニーが筋書きに陳腐なしぐさを添えようなんて思いつかなければ。彼には芝居気があって、舞台でおなじみの悪人の陰謀につきもののシーンをついつい思い描いてしまったのだ。懐から長い、漆黒の、美しい、有毒な葉巻を取り出すと、バーニィに渡したのである。

「一服やるか、待ってるあいだ」彼は言った。

 バーニィはひっつかむと、テリア犬がネズミにかぶりつくみたいに、端を噛み切った。長く生き別れになっていた恋人のように、唇にはさんだ。煙を吸いこみはじめると、長い深いため息が漏れ、ごわごわした赤と灰色の口髭がワシの鉤爪のようにくるりとカールして葉巻を抱いた。ゆっくりと目の充血が引いていった。じっと夢見るように川向こうの丘に視線を向けた。一分、二分と時が過ぎた。

 「そろそろ行くか」トニーが言った。「コリガンの野郎をさっさと川にやっちまおう」

バーニィはウウッとうなって忘我から目を覚ました。振り向き、驚いているような苦しんでいるような厳しい目で共犯者を見つめた。葉巻をすこし口から離しかけたが、すぐにまた咥えなおし、一、二度愛おしそうにムシャムシャ噛むと、毒気のある煙を吐きながら、口の端から言った。

「なんだい、黄色の野蛮人? 地上最高の人種に向かって陰謀を企むのか、非合法犯罪の煽動者が? 貴様、このマーティン・バーニィを破廉恥なイタ公の汚ねえ罠にはめようとしやがったな? 貴様の恩人を殺す気か、貴様に食事と仕事をくださるすばらしいお方を? これでも食らえ、カボチャ色の殺し屋が!」

バーニィの怒りの激流が体を激しく突き動かした。靴の先が、ロープを切るはずだった刃物を石から蹴り飛ばした。

トニーは立ち上がって逃げ出した。うまくいかなかったことの目録に彼の復讐はまたしても収められることになった。彼は船の彼方へと逃げた、はるか遠くへと。恐くてとどまってはいられなかった。

バーニィは、胸を張り、元共犯者が消え去るのを眺めていた。それから彼もまた出発した、ブロンクスの方へ顔を向けて。

彼の後ろには、臭くて邪悪な不快な煙が立ちのぼり、それは彼の心に平穏をもたらし、鳥たちを道から深い木立へと追いやっていた。



[] ウォルター・ローリー。十六世紀のイギリスの探検家・軍人。新大陸のアメリカから煙草をイギリスに持ってきた

[] アイルランド

[] ゲルマン系の民族マーティン・バーニィの変心

                        和田惣也 訳

 

 

ウォルター卿の心を落ち着かせる植物[]の肩をもつことになりますが、ひとつ、マーティン・バーニィの事例を見てみましょうか。

 ハーレム川の西岸に沿ってスピードウェイが建設されていたときだ。下請けのデニス・コリガンの賄い船が岸辺の木につながれていた。小さな緑の島[]からやって来た二十二人の男たちがそこで筋肉が裂けてしまうほどの労働に骨折っていた。そのなかで一人、賄い船のキッチンで働いている男だけはゴート族[]の血を引いていた。そんな連中の上に君臨していたのが法外な要求をしてくるコリガンで、奴隷船の船長のように男たちを苦しめていた。わずかな給料しか払わないので、ほとんどの男は、どんなに働いても、稼ぎはせいぜい食事代や煙草代にしかならなかった。だから、多くがコリガンに借金していた。彼はみんなを賄い船に住まわせ、それなりの食事は与えていたが、彼らの労働で元はとれた。

 マーティン・バーニィは、だれよりもはるかに劣っていた。小さな男で、筋肉も手も足もぜんぶ小さく、赤が混じった灰色の無精髭を生やしていた。強力なパワーシャベル並みの力が必要な仕事に、彼はあまりにも軽量すぎた。

 仕事はきつかった。おまけに、岸辺では蚊がブンブンとうなっていた。暗い部屋に入れられた子供が慰めをくれる窓からの淡い光をじっと見つめるように、こき使われる彼らは一時間ほど夕陽を見て一日の苦々しさを紛らわしていた。夕暮れの夕食が済むと、川べりで身を寄せ合い、二十三本のパイプから意地悪な煙を吹きだしては、ぶんぶんうなる蚊を右往左往させるのだった。そんなふうに一致団結して敵とたたかいながら、その一時間、歓びのボウルからこぼれるおいしそうな煙の雫(しずく)を味わうのだった。

週ごとにバーニィは借金の深みに入った。コリガンは船に商品をいくらかストックしていて、ぜったいに損しない値段で男たちに売っていたのだ。バーニィは煙草売り場のお得意様だった。朝、仕事にいくときに一袋、夜、仕事から戻ると一袋という具合だから、勘定は日々膨れあがった。バーニィはかなりのスモーカーだったのだ。とはいえ、パイプをくわえて食事をしていたというのは本当ではない、そういう噂はあったが。この小男に不満はなかった。食べ物はたっぷりあるし、煙草もたっぷりあるし、呪い殺したい暴君もいるのだ。アイルランド人の彼が、これで満足しないなんてことがありますか?

ある朝、みんなと仕事に向かうとき、バーニィはいつも通り煙草を一袋求めてパイン材のカウンターに立ち寄った。

 「おめえにやるもんはもうねえよ」コリガンは言った。「おめえとの取引はおしまいだ。返ってくるあてがねえからな。煙草はもうねえんだ、ぼうず。煙草のツケはおしまいだ。働いておまんまにありつきたいんなら、そうしろ。だが、煙草は値上がりした、たった今な。悪いことは言わねぇ、新しい仕事を探すんだな」

 「おいらのパイプ、空っぽなんだよ、コリガンさん」とバーニィは言った、どうしてこんな目に遭うのか、よくわかっていなかった。

 「稼ぐんだ」と、コリガンは言った、「買うのはそれからだ」

バーニィは出て行かなかった。ほかの仕事なんてぜんぜん知らなかったのだ。すぐには気づかなかったが、彼にとって煙草は、父であり母であり、司祭であり、恋人であり、妻であり、子供でもあった。

三日間はなんとかほかの男たちの袋からもらってパイプに詰めていたが、そのうちみんなくれなくなった、だれひとり。全員が、荒っぽいが優しい口調で、こう言った。この世にあるいろんな品物のなかで、たしかに煙草がいちばん、欲しけりゃ仲間からすぐにもらえるものだ、しかし、それが当座しのぎの域を越えて、同志の蓄えを要求するようになったら、友情もおおいに危うくなるのだ、と。

 やがて、黒い穴があらわれ、バーニィの心いっぱいに広がった。死んだパイプの骸(むくろ)をしゃぶって、よろめきながら石と土の荷車を押す仕事をしていると、生まれて初めてアダムの呪いを我がことのように感じた。ほかの人間なら、ひとつ愉しみを失えば、べつの喜びにすがることだろう、しかし、バーニィの人生には慰めは二つしかなかった。一つはパイプ、もう一つは、このヨルダン川の岸の向こうにまたひとつスピードウェイが作られるようなことはないだろうという、考えるだけでも恍惚としてくるような希望だ。

 食事の時間になると、バーニィはほかの男たちを先に船にやり、それから手と膝をついて、さっきまでみんなが座っていた地べたをがむしゃらに這いまわり、煙草の葉が落ちていないかと探しまわった。一度、川岸までこっそり行って、枯れた柳の葉をパイプに詰めてみたこともある。初めの一服で船に向かって唾を吐きだした。つづけて、コリガンに向かって知りうるかぎりの最強の呪いを――コリガン一族の最初の一人から、ガブリエルの終末を告げるトランペットを聞くコリガン一族の最後の一人に至るまでの呪いを――吐いた。コリガンへの憎しみで身も心もぶるぶると震えてきた。いっそ殺してやろうかとも考えた。五日間、煙草を味わうことなく過ごしたのだ――一日中煙草を吸い、ベッドの中で吸う一、二本のために起きられない夜など無意味だと考えていたような男がだ。

ある日、一人の男が船にやってきて、ブロンクス・パークで改良工事がある、働ける者を大量に募っている、と言った。

食後、バーニィは、みんなのパイプの発狂しそうな匂いから遠ざかるべく、川岸を三十ヤードほど歩き、石の上に腰を下ろした。ブロンクスに行こうかと考えていた。そうすれば少なくとも煙草代は稼げるだろう。コリガンへの借金なんかかまうことはねぇ。どうせ誰かの分で穴を埋めるんだから。しかし、パイプを取り上げた非情な守銭奴に負けっ放しで引きあげるのはいやだった。何かうまい方法はないか?

無骨者たちの間をそっとぬって、トニーが近づいてきた。ゴート人の子孫の、キッチンで働いている男で、バーニィのそばに来るとニヤリと笑った。気の毒な男のほうは、人種的な敵意と都会への軽蔑をみなぎらせて、噛みつくように言った、「なんの用だ――イタ公?」

トニーもまた不満を持っていた――そして企みも。彼もまたコリガン嫌いの一人で、同類を見つけるのに鼻が利いた。

 「コリガンをどう思う?」彼は尋ねた。「いい奴だって思うか?」

 「くそくらえだ」バーニィは言った。「あいつの肝臓なんか水になればいい、あいつの心臓の冷気であいつの骨なんか砕ければいい。あいつの一族の墓には臭い臭いカミツレモドキの草が生い茂ればいい、あいつの子供の孫どもは目なしで生まれてくればいい。あいつの口のなかでウィスキーは酸っぱい腐った牛乳になればいい。あいつがくしゃみをするたびにあいつの足の裏に肉刺(まめ)ができればいい。あいつのパイプの煙であいつの目から涙がでたら、そのしずくが牧草に落ちて、それを牛が食い、それで毒のバターができ、それをあいつがパンに塗ればいい」

トニーは、このイメージの美しさにはついていけなかったが、方向としては十分に反コリガンであると察しがついた。そこで、共謀者になると信頼し、バーニィのとなりへ来て石に座ると、企みを打ち明けた。

それは極めてシンプルな計画だった。毎日、昼食の後、コリガンは寝棚で一時間ほど寝るのが習慣になっている。その時間になると、コックでありコリガンの助手でもあるトニーは、物音で独裁者が目を覚まさぬよう、船から離れなければならない。この一時間をコックはいつもウォーキングにあてていた。トニーの計画は、コリガンが眠ったら自分とバーニィとで船を岸に繋ぎとめている係留ロープを切るというものだった。トニーには一人でそれを実行する度胸がなかったのだ。不安定になった船は急流に揺さぶられて、下にある岩にぶつかって確実に転覆するだろう。

 「そいつぁいい、はやいとこやっちまおうぜ」バーニィは言った。「おれの胸にあいた穴ぼこが煙草の味を求めて疼くみたいに、あいつに蹴られたあんたの背中がじくじく疼きだしたら、ロープを切る手も鈍っちまうからよ」

 「オーライ」トニーは言った。「だけどな、あと十分は待った方がいい。コリガンにはぐっすりたっぷり眠ってもらう」

彼らは石の上に座って待った。ほかの男たちは仕事をしていて道の曲がり角の先にいたので姿は見えなかった。万事うまく行っていただろう――たぶん、コリガンについては――もしもトニーが筋書きに陳腐なしぐさを添えようなんて思いつかなければ。彼には芝居気があって、舞台でおなじみの悪人の陰謀につきもののシーンをついつい思い描いてしまったのだ。懐から長い、漆黒の、美しい、有毒な葉巻を取り出すと、バーニィに渡したのである。

「一服やるか、待ってるあいだ」彼は言った。

 バーニィはひっつかむと、テリア犬がネズミにかぶりつくみたいに、端を噛み切った。長く生き別れになっていた恋人のように、唇にはさんだ。煙を吸いこみはじめると、長い深いため息が漏れ、ごわごわした赤と灰色の口髭がワシの鉤爪のようにくるりとカールして葉巻を抱いた。ゆっくりと目の充血が引いていった。じっと夢見るように川向こうの丘に視線を向けた。一分、二分と時が過ぎた。

 「そろそろ行くか」トニーが言った。「コリガンの野郎をさっさと川にやっちまおう」

バーニィはウウッとうなって忘我から目を覚ました。振り向き、驚いているような苦しんでいるような厳しい目で共犯者を見つめた。葉巻をすこし口から離しかけたが、すぐにまた咥えなおし、一、二度愛おしそうにムシャムシャ噛むと、毒気のある煙を吐きながら、口の端から言った。

「なんだい、黄色の野蛮人? 地上最高の人種に向かって陰謀を企むのか、非合法犯罪の煽動者が? 貴様、このマーティン・バーニィを破廉恥なイタ公の汚ねえ罠にはめようとしやがったな? 貴様の恩人を殺す気か、貴様に食事と仕事をくださるすばらしいお方を? これでも食らえ、カボチャ色の殺し屋が!」

バーニィの怒りの激流が体を激しく突き動かした。靴の先が、ロープを切るはずだった刃物を石から蹴り飛ばした。

トニーは立ち上がって逃げ出した。うまくいかなかったことの目録に彼の復讐はまたしても収められることになった。彼は船の彼方へと逃げた、はるか遠くへと。恐くてとどまってはいられなかった。

バーニィは、胸を張り、元共犯者が消え去るのを眺めていた。それから彼もまた出発した、ブロンクスの方へ顔を向けて。

彼の後ろには、臭くて邪悪な不快な煙が立ちのぼり、それは彼の心に平穏をもたらし、鳥たちを道から深い木立へと追いやっていた。



[] ウォルター・ローリー。十六世紀のイギリスの探検家・軍人。新大陸のアメリカから煙草をイギリスに持ってきた

[] アイルランド

[] ゲルマン系の民族