戸山翻訳農場

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2014年

10月

03日

エヴゲーニイ・ザミャーチン O・ヘンリー論

 広告が声を張り上げる。色とりどりのライトが、窓に、壁に、空にきらめく。電車の音がどこかでガタガタと鳴る。建物が狂ったように高さを増していく。まるで競い合うように ——十階、十五階、二十階と。ロンドン、パリ、ベルリンをまとめて十倍もせわしなくした国、それがアメリカだ。

 フルスピードで、電話や電信を使って大金を稼ぎ、バーでは駆け足で何かを流し込み、そして ——疾走するバスのなかで読書をしながら十分間、つかのまの休息をとる。十分間。それ以上はない。そしてその十分には、時速一六〇キロの電車に乗っているような疾走感や、電車に乗っていること、電車の騒音、汽笛の音、そんなすべてを忘れられるような、ひとつの完結した物語が求められている。

 そんな要求に応えたのがO・ヘンリー(ウィリアム・シドニー・ポーター 1862-1911)だった。短く、簡潔で、急転直下の彼の物語には、アメリカが凝縮されている。ジャック・ロンドンはアメリカの自然だ。雪の降る平野であり、海であり、熱帯の島だ。一方のO・ヘンリーはアメリカの都市である。ロンドンも『マーティン・イーデン』などで都市の物語を書いているし、O・ヘンリーも「The Heart of the West(西の中心)」や南アメリカの生活を描いた小説「Cabbages and Kings(キャベツと王様)」で自然の物語を書いているが、そんなことは問題ではない。ジャック・ロンドンといえば、やはり何よりもまず、カナダのクロンダイクであり、O・ヘンリーといえばニューヨークなのだ。

 映画はエジソンによって発明されたと言うのは間違っている。映画はエジソンとO・ヘンリーによって発明されたのである。映画において、何よりも重要なのは動きがあること、何を差し置いても、動きがあることだ。O・ヘンリーの物語のなかで何よりも重要なものもまた、ダイナミクスであり動きだ。そしてそれは、彼の欠点でもあり美点でもある。

 O・ヘンリー映画を観終わった観客は、清々しい笑顔とともに現実へ戻ってくるだろう。O・ヘンリーには、常にウィットと、ユーモアと、若々しい陽気さがある ——まるでアントン・チェーホフを名乗る前のA・チェホンテ [1]のようだ。しかし時に、その喜劇性は過剰で、強引で、どこか荒削りなこともある。映画を観る観客は、心を動かされることもあっただろう。O・ヘンリーは魅力的な4ページのドラマを映画にするのだ。そうした物語はときに涙を誘う教訓的な映画のようでもあった。しかし、それは稀なことである。O・ヘンリーは、ふとした瞬間に湿っぽくなることはあっても、すぐに軌道修正し、からかいや、笑いや、陽気さに立ち戻る。軽快な語りや、鋭いウィットや、息もつかせぬ感情の起伏 ——あらゆる筋肉は動きのために使われる。それは、彼同様アメリカで国民的人気を誇るチャーリー・チャップリンにとてもよく似ている。

 チャーリー・チャップリンの信念は何か? チャーリー・チャップリンの哲学は何か? おそらく信念などない。哲学などない。時間がなかったのである。そしてそれはO・ヘンリーも同じであり、数百万のニューヨーカーたちも同じだ。O・ヘンリーは、「The Higher Pragmatism(より高度な実用主義)」の冒頭で、語呂合わせや言葉遊びを駆使してこう書いている。「古きものが疑われている。プラトンがテンプレートになり、アリストテレスがリストラ寸前になり、マルクス・アウレリウスがあおりを受け、()、ソロモンはそもそも論が真面目すぎる。エピクテトスからはピックアップするものがない」。そしてこの文章は、おそらく、O・ヘンリーが真面目に語っている数少ない一例だろう。概して、彼が感傷に浸っていないときは、笑いや遊び心が顔を出す。どんなにごまかそうとしても、あの比類なきチャーリー・チャップリンが垣間見える。笑いながら、彼は飢える。笑いながら、彼は刑務所に入る。そしておそらく、笑いながら死ぬ。おそらく彼唯一の哲学は、人生は笑いに満ちていなければならない、というものだろう。O・ヘンリーは、ゆっくりと沈みゆくタイタニック号で聖歌を演奏する音楽隊のひとりなのだ。彼はたぶん理解していたのだろう、いや、そうでなくとも、うっすらと感じていたはずだ、十九世紀文明社会という巨大で快適なタイタニック号が氷山にぶつかって壮大に沈みつつあることを。しかしO・ヘンリーはその船に留まった。船を見捨てなかった。遊び心あふれた語りで ——ときに軽薄で、ときにほろ苦い語りで ——シュペングラーの言う「ファウスト的 [2]」人間として勇敢に死んでいく。

 そうした絶対にへこたれない気概を、O・ヘンリーは生き抜いていくなかで身につけていった。金槌が打ち込まれることで、鋼鉄は鍛えあげられるのだ。彼自身が住んでいたのも、くりかえし読者を誘ったあのみすぼらしい家具つきの部屋だった。公園のベンチで夜を明かしたこともあった。ニューヨークのボヘミアン、アメリカを放浪するロマンチストだったのである。おそらく彼の人生は最高の映画になっただろう。タバコ屋の販売員O・ヘンリー。薬局の窓口係O・ヘンリー。営業所の帳簿担当O・ヘンリー。南部の鉄道窃盗団員O・ヘンリー。三年のあいだ囚人だったO・ヘンリー。出所後は、『レディング牢獄の唄』とは違い、陽気で軽快な抱腹絶倒の物語だった。投獄という一撃は、ちやほやされ、繊細だったオスカー・ワイルドを打ちのめしたが、O・ヘンリーにとっては創作への着火材となったのである。

 困窮と、アメリカの巨大な都市の熱気がO・ヘンリーを駆りたて、鞭を打った。彼は信じられない量の物語を書き上げていった ―― 年間五十や六十本にのぼる年もあった。それ故に、作品は玉石混淆である。たしかに、駄作のなかにさえ、きらりと光るO・ヘンリーの輝かしい金脈が顔を出すこともある。けれども、その同じ炭素からは、石炭ができることもあれば、グラファイトができることもある。ダイヤモンドができるときだってある。いずれにせよ、O・ヘンリーはダイヤモンドを生み出だして、チェーホフやモーパッサンのような短編小説の巨匠に近づいたのである。語られてしかるべきだが、O・ヘンリーの技巧は ——少なくとも最高水準の作品においては ―― 古典作家としての地位を確固たるものにしている多くの短編小説作家よりも、鋭く、奔放、そしてモダンである。

 奇抜で予測不可能な象徴主義に彩られた鋭い言葉遣いが、最初にO・ヘンリーの読者たちの気をひくものだ。それは、イマジストたちの象徴性に見られる時代遅れの惰性的な奇抜さではなかった。O・ヘンリーの作品はどれも、象徴的なイメージが、登場人物やできごと、ストーリー全体など根幹をなす色調と本質的に結びついている。だからこそ、一見不釣り合いで突飛に思える形容詞句やイメージにも、説得力と催眠的な力が宿るのだ。貸部屋の管理人(「すべてが備えつけられた部屋」の登場人物)は、「喉は、柔毛でびっしりと覆われている」という。はじめのうちは、このイメージに馴染むのは難しい。しかし、物語が展開するにつれて、表現が言い換えられてゆき、それぞれの言い回しのなかで研ぎすまされていく。そうこうしていているうちに「柔毛の喉」や「柔毛が生えた声色で言う」というシンプルな表現になってくる ―― 古くさい語り口のように緻密な筆致で描き出されることは決してないのだが、管理人のうんざりするような人物像が、読者の想像力のなかで形づくられていくのである。

 O・ヘンリーはきわめて印象的な効果を生むことに成功したが、彼が用いた仕掛けは《一体化するイメージ》と表現するのが最も適切かもしれない(文学的な文章を分析するとき、我々は自分なりの用語を新たにつくらざるをえない)。たとえば、「The Defeat of the City(都会の敗北)」という作品で、ミス・アリシア・ヴァン・デル・プールは「冷たく、白く、近づきにくく、マッターホルンのよう」である。マッターホルン ―― その基本的なイメージ ―― はストーリーが進行するにつれて発展していく。いくつかに枝分かれし、ほとんどストーリー全体を、広く、一体的に包み込む ―― 「彼女のまわりに連なる社交界のアルプスは……彼女の膝までしか達しなかった」。そしてロバート・ウォームズリーがこのマッターホルンに到達する。彼は、山頂に達した旅人が目にする最高峰は、雲と雪の厚いヴェールに覆われていると知ることになるのだが、彼はその寒さを耐えようとする。「ロバート・ウォームズリーは妻を誇りに思っていた。もっとも、片手で客と握手をしながら、もう片方ではアルペンストックと温度計を握りしめていたが」。

 同じように、「Squaring the Circle(円を四角に)」という作品も一体化するイメージに満ちている。自然は円で、都市は四角。「A Comedy in Rubber(ゴムの喜劇)」では、特殊な種族として扱われる野次馬(ラバーネックス)のイメージ、などなど。

 O・ヘンリーのストーリーのタイプは、《スカース》の形式(今日までロシアの短篇における人気の形式の一つ)に最も近い。自由で自然な話し言葉、余談、ストリートの多様性をうつす純粋にアメリカ的な新語、それはどんな辞書を見ても載っていない。とはいえ、彼の作品は作者不在の完全な《スカース》の形式ではなく、作者も一人のキャラクターであり、作者のコメントまでもが、そこで話されるものに近い言葉で語られる。

 しかしこれらはすべて芸術作品の静的な側面である。狂ったように目まぐるしい現代の都市に育った都会の読者は、静的な要素だけでは満足できない。彼らはプロットに動的なものを求める。だからこそ、巷の犯罪・探偵小説の黄色い海(イエロー・シー)は、たいてい言葉が粗削りで非芸術的なのである。O・ヘンリーの場合は、見事な言葉がいつも動的なプロットと結びついている。彼が好んで用いる構成上の仕掛けといえば、意外性のあるエンディングだ。ときに意外性の効果が生まれるのを助けるのは、《裏切りの終局》と呼びうるものである。プロットの三段論法で、読者は意図的に間違った結末へ誘導され、そののち、ほぼ最後になって、突然の鋭い方向転換があり、まったく異なる終局が明らかになる(「The Rathskeller and the Rose(ビアホールとバラ)」、「Squaring the Circle(円を四角に)」、「The Hiding of Black Bill(ブラック・ビルの逃亡)」などの作品)。非常に複雑で巧妙な構成上の手法が、O・ヘンリーの小説『キャベツと王様(Cabbages and Kings)』に見出せるだろう。

 残念なことに、O・ヘンリーのストーリーの構成は、特にエンディングにおいて、ワンパターンに陥ってしまう。意外性も繰り返されれば意味を失う。意外性は予期され、例外は通例になる。読者はワイルドの数多のパラドックスで経験したのと似たような思いを抱く。最終的に、パラドックスはどれも裏返しになった自明の理にすぎないとわかるのだ。

 とはいえ、トルストイの『復活』のネフリュードフは、カチューシャ・マースロワが少し斜視だからといって彼女を愛さなくなることはなかった。そしてO・ヘンリーにいくら欠点があろうと、彼がアメリカとイングランドで最も愛される作家の一人になることを妨げはしなかったのである。

1923

  (訳:岡野桂、菅野楽章、樋口武志)


[1]チェーホフは若い頃、このペンネームで短編をたくさん書いていたという。

[2]現状に満足せず常に進化を求め努力するヨーロッパ的人間のこと (webより)