月曜 14:45~18:00
木曜 16:30~18:00
金曜 18:00〜21:30?
《騎士は散り
剣も錆びたが
数人は
戦い続ける
塵を巻上げ》
読者のみなさま方
夏のことでありました。太陽が街をあわれみもなしに荒々しく照りつけていました。太陽も荒れた気分のときには手加減なんてしてくれません。その暑さといったら―ああもう、温度計など見たくもない!―それに誰が客観的な数字なんて気にするでしょうか?―
何しろあまりにも暑くて―
ビアガーデンは大勢のウエイターを追加していたので、流行りのジンフィズにもすぐにありつけそうでした―すぐにといっても、他のお客みんなに行き渡ってからの話ですが。病院では何か見物人用のベッドがどんどんと運び込まれていきます。といいますのも、毛むくじゃらの小犬たちが舌をだらんとたらして、身体に食いついてくるノミに腹をたててうなり声を上げたところへ、神経質そうな黒服のおばさま方が「狂犬だわッ!」なんて叫んだものだから警官隊が発砲しだし、怪我人がでそうになっていたのです。ニュージャージーのポンプトンからやってきた男が、彼は七月でもいつもオーバーコートを着ているのですが、ブロードウェイのホテルに現れてホットスコッチを飲みながら年に一度のスポットライトの光を味わっていました。慈善家を自称する金持ち連中は建築業者がアパートの非常階段をもっと広げなければならないとする法案を通すよう州議会に願い出ているところでしたが、これが通れば住んでいる家族はひとりやふたりずつといわず、まんまとみんないっぺんに熱で死んでしまうことでしょう。あんまりにもたくさんのひとが自分が毎日どれだけ風呂にはいってばかりいるかを話題にしていますが、アパートの本来の借主が戻ってきて彼らに部屋の手入れをどうもありがとうといったときに、彼らはいったいどんな顔をするのでしょうか。レストランでローストビーフとビールを大声で注文した青年は、こんな天気ではローストチキンや赤ワインだと重すぎるからね、と声高にいっていましたが、視線があうと顔を赤らめてしまいました。何しろ彼は冬のあいだはずっと、控えめな調子でその「禁欲的な」食事を頼んでいたのですから。スープの味、札入れやブラウスの厚さ、舞台役者の身体つき、それに野球での物言いの中身はどんどん薄いものになっていきました。そう、季節はまさに夏なのでした。
ひとりの男が三十四丁目に立ってダウンタウン行きの路面電車を待っています。歳の頃は四十歳、白髪混じりの赤ら顔に、怜悧かつ神経質そうな様子、質素な身なりをしていて、目の周りには苦悩の色が浮かんでいました。彼は額をひとつぬぐうと、大きな笑い声をあげました。旅支度を整えたひとりの太った男が、立ち止まって話しかけてきたのです。
「ばかばかしい。」彼は反感と嘲笑交じりに声を張り上げました。
「蚊のたかる湿地やエレベーターもついてない高層ビルみたいな山の何がいいのやら。暑さから逃れたいと思ったらどうすればいいか私にはちゃあんとわかってる。ニューヨークだよ、君、ニューヨークこそがこの国でいちばんの避暑地なのさ。常に木陰にいるようにして食事に気を配る、おっとそれに扇風機から離れすぎないようにもしないとね。アディロンダックやキャットキルみたいな山地が何だって?確かな満足ってやつならマンハッタンの都会に山ほどあるね、国中のほかのどこよりも。ばかばかしい。切り立った崖をよじ登るだの、早朝四時に馬鹿みたいな数のハエにたたき起こされるだの、街で買ってきた缶の食事だのの何が魅力的だっていうんだ。古きよきニューヨークでは、選りすぐりの夏の下宿人を募集しています、故郷の家と変わらない快適さと利便性が待っています―この宣伝文句に私はいつも惹かれてしまうのさ。」
「休暇が必要みたいだな。」太った男はそう言って、相手をしっかりと見据えました。
「もう何年も街から離れていないだろう。とにかく二週間だけでもおれと一緒に来たらどうだ。今ならビーバーキルのマスどもはハエに見えるものなら何にでも飛び掛ってくるぞ。ハーディングが書いて寄越したが、あいつ先週に三ポンドの茶色いやつを釣り上げたってよ。」
「くだらん!」もう一方の男は吼えました。
「勝手に行ってこい、そしてゴム靴でよろよろしながら魚を捕まえようとしてくたくたになるがいい。私なら魚がほしけりゃ涼しいレストランに行って注文するね。おまえらみたいなのが田舎の炎天下ではしゃぎまわって『なんてすてきな時間なのかしら』なんて言っているのを考えると笑ってしまうね。私にはニューヨークおじさんの小さいけれどよく整備されていて、真ん中に日陰になっている大きめな小道が通っている農場で十分さ。」
太った男は友人に向かってため息をつくと、先へ行ってしまいました。ニューヨークを国中で最高の避暑地だと思い込んでいる男は路面電車に乗り込み、ガタゴトとオフィスへ向かいます。道すがら、彼は持っていた新聞をほうり捨て、家々の屋根で不ぞろいに切り取られた空を見上げるのでした。
「三ポンドか!」彼はぼそりとこぼしました。
「しかしハーディングはほら吹きじゃない。本当だろう、できることなら私も―いや不可能だ―もうひと月欲しいところだ―少なくともあとひと月が。」
オフィスに着くと、真夏の都会は楽しい説の支持者は頭から、仕事で満たされたプールへと飛び込みました。部下のアドキンスがやってきて、手紙やらメモやら電報やらのしぶきを浴びせます。
午後の五時になるとこの忙しい男も仕事椅子に背を預け、両足をデスクに投げ出してしみじみとひとりごちました。
「ハーディングのやつはいったいどんな釣り餌をつかったんだろうな。」
彼女はその日上から下まで真っ白の装いでした。それはコンプトンがゲインズとの賭けに負けたことを意味していました。コンプトンは彼女が水色を着てくると賭けていたのですが、それはその色がコンプトンのお気に入りの色だと彼女が知っていたからであり、彼は大金持ちの御曹司なので、ほとんど賭けに負ける可能性はないはずでした。しかし、彼女が選んだのは白だったのです。ゲインズは自信たっぷりに二十五歳の胸を張りました。
山間に位置するそのホテルはその年。多くの宿泊客で賑わっていました。二、三人の男子大学生、芸術家が数人に若い海軍将校がひとり。それにひときわ美しい女性たちがが若い貴婦人たちの集まりの中におり、社交誌の記者がかくところの「美女の群れ」が出来上がっていました。そしてその星々の間に輝く月が、メアリー・スーウェルでした。若い男たちはみんながみんな何とかして彼女のために洋服を買ってあげたり、暖炉を直してあげたり、彼女の「スーウェル」の部分を永遠に取り去ってしまいたいものだと熱を上げていました。彼らのうち、一週間や二週間しかいられない男たちは、ピストルを握り締め、夢も希望もなくした様子で帰っていくのでした。しかしコンプトンはホテルを囲む山々のようにそこに居座ることができました。彼にはその余裕があったからです。そしてゲインズもまた残りました。彼は勇敢な騎士であり、御曹司たちに引け目など感じていなかったからです。そして何より、彼は田舎を心から愛していたのです。
「どう思いますか、メアリーさん?」あるとき彼は話しました。
「ニューヨークに野暮な知り合いがいるんですが、そいつは夏でもこの街が好きだってい言うんですよ。森の中より涼しく過ごせるぜ、なんて言ってね。ばかなやつだと思いませんか?僕だったら六月を過ぎたらブロードウェイなんかじゃ息もできませんよ。」
「でもママは再来週には帰るって言ってるのよ。」彼女はかわいらしく眉をひそめてみせます。
「いや、でもよく考えたら、」とゲインズ。
「夏の街にも楽しい場所はたくさんありますよ。ご存知ビアガーデンとか、それに―ほら―ビアガーデンとか。」
その夏いちばんの青が湖を染めたその日―馬上槍試合の真似事が開催された日、男たちは農場の不恰好な馬にまたがって森の中を駆け周り、カーテンリングを槍の先端ですくい取っていきました。なんと痛快なことでしょう!
最高級のワインのようにつめたくさっぱりとした風がほの暗い森から流れてきます。眼下の谷はオパール色のかすみを通して幻想のように映ります。白い霧がどこかしらの滝から立ち上り、手のひらほどの大きさに見える木々の梢が峡谷の手前で霞んでいます。青春が初々しい夏と手を取り合っています。ブロードウェイには、何一つない光景でした。
村人たちが都会者のお祭り騒ぎを見物しようと集まってきました。森は妖精や水の精、精霊たちの笑い声でさざめいていました。ゲインズはほとんどのリングを手に入れました。これでトーナメントの女王に冠をかぶせる権利が得られるのです。彼は勝利を手に入れた騎士でした―争奪戦に関する限りは。彼は腕に白いスカーフを巻いていました。コンプトンは青いスカーフでした。彼女は以前に青のほうが好みだと言っていましたが、しかしその日は白を身につけていました。
ゲインズは冠をかぶせようと女王を探しました。彼女の愉快そうな笑い声が、まるで雲から届いたかのように聞こえてきました。彼女はそっと抜け出して「煙突岩」という花崗岩質のちょっとした岩山によじ登っていたのです。その立ち姿はまるで白い妖精が月桂樹の葉に囲まれて彼らの頭上五○フィートにいるかのようでした。
次の瞬間、彼とコンプトンは暗に示された試練を読み取りました。その岩山は後ろからは簡単に登れますが、正面には手足の小さな取っ掛かりしかありません。男たちはそれぞれすばやくルートを見定め、登り始めました。割れ目や藪、わずかなでっぱり、ツタ、木の枝、これら全てがレースの重要な助けとなりました。まったくばかげた行いではありました―賭け金があったわけでもないのですから。しかしみなさん、どうか苛立たずに、そこには青春があり、きらきらまぶしい心があり、そして作家のクレイ女史が魅力たっぷりに描くようなものがあったのです。
ゲインズは月桂樹の根に満身の力をかけて、身体をメアリー嬢の足下へ引き上げました。彼は腕にバラの冠をかけていました。そして下にいる村人や宿泊客たちの拍手喝采に包まれる中、彼は冠を女王の頭にかぶせました。
「ありがとう、『真の騎士』さん。」メアリー嬢はいいました。
「もし真の騎士としていつもあなたにお仕えできるなら―」とゲインズは語りかけましたが、それはメアリー嬢の笑い声に遮られてしまいました。コンプトンが一分ほど遅れて、岩の上にたどりついたのです。
車に乗ってホテルへ帰る黄昏どきの、なんと美しかったことでしょう!谷を包むオパール色がすこしずつ紫へと変わっていき、薄暗くなった森が湖を鏡のように縁取り、空の色合いはひとりひとりの心を揺さぶります。そしてほのかな一番星が、まだわずかに茜色の輝きを残す山々の上に――
「すこしよろしいですか、ゲインズさん。」アドキンスが言いました。
ニューヨークが国中で最高の避暑地だと思い込んでいる男は目を開けて、デスクの上の糊をけっとばしました。
「ああ…どうやら眠ってしまっていたみたいだ。」彼は言いました。
「暑さのせいですよ。」とアドキンス。
「都会のはひどいもんですからね、この―」
「ばかをいうな!都会対田舎の勝負は夏でも一○‐一で都会の勝ちだ。ばかなやつらがノコノコと泥だらけの川まで出かけて、指ほどのちっぽけな魚をとろうとしてヘトヘトになるのさ。街に残り、快適にすごす、それが私の流儀だ。」
「いくつかお手紙が届いていますよ。お帰りになる前に、目を通しておいたほうがよろしいかと。」
それでは彼の肩越しから、ほんの数行だけのぞいてみることにしましょう。
いとしいあなたへ
もうひと月残るようにとのお手紙、頂戴しました……リタの咳はほとんどなくなってきたわ……ジョニーは外に飛び出してばかり、まるでインディアンのこどもみたい……きっとふたりのためになるわ……そんなに働き詰めで、それに知っているのよ、あなたの仕事で私たちをこんなに長く滞在させるのがどんなにたいへんか……世界一の夫……あなたはいつも夏の都会が好きだと強がって……あなたが大好きだったマス釣り……あらゆることがわたしたちに元気と幸せを与えてくれる……子どもたちが大丈夫なら会いにいくのに……昨晩煙突岩に立ってみたの、ちょうどあなたがバラの冠をかぶせてくれたあの場所よ……世界中のどこをさがしたって……あなたがわたしの『真の騎士』になりたいって言ってくれたとき……十五年前なのよ、考えられる?……いつもわたしの『真の騎士』だった……これからも、ずっと。
メアリー
ニューヨークが国中で最高の避暑地だと語っていた男は帰りがけにカフェへ立ち寄り、扇風機の下でビールを飲みました。
「ハーディングのやつ、いったいどんなルアーを使ったんだろうな。」彼はひとり、そうつぶやくのでした。