戸山翻訳農場

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2016年

2月

15日

アイキー・ショウエンスタインの惚れ薬                   訳:小林幹直

ブルーライト薬局はダウンタウンの、バワリーと一番街の間が一番狭くなったところにある。ここはくだらない小物や安物の香水、あるいはアイスクリーム・ソーダを売るたぐいの薬局ではない。痛み止めを頼んでもボンボンなど出してこないのである。ブルーライトは何かにつけて仕事を簡略化したがる近頃の薬局を軽蔑していた。ここでは自分の店でアヘンを溶かし、鎮痛剤やアヘンチンキを濾過している。今なおその薬は、背の高い処方机の後ろで作られる――つまり調剤用の板の上でのばされ、へらで分けられ、親指と人さし指で丸められた後、苛性マグネシアをまぶされ、ボール紙の小さな丸い箱に収められるのだ。店のある街角はぼろを着た騒がしい子供たちの遊び場となっているが、彼らもそのうちに咳止めの飴や沈静用のシロップを買いにやってくる顧客となるわけである。

アイキー・ショウエンスタインはブルーライト薬局の夜勤の店員で、顧客にとってはよき友人でもあった。イーストサイドは今時の冷たい心と縁がない。ここでは、薬剤師はそのあるべき姿を保っていて、彼らは相談役にして打明け話の聞き手であり、助言者であり、熱心な宣教師、導き手でもあり、その学識は尊重され、謎に包まれたその知恵は尊敬され、その薬はしばしば飲まれないままどぶに捨てられる。だからアイキーの眼鏡をのせた鷲鼻と、痩せぎすの、頭にため込んだ知識の重みで猫背になったような姿はブルーライトの近所でよく知られていたし、彼の助言と意見を求める者も多かったのである。

アイキーは二区画向こうのリドル夫人の家に、朝食付きで下宿していた。リドル夫人にはロージーという娘がいる。回りくどい言い方は避けるが――もう皆さんもお察しのことだろう――アイキーはロージーに夢中だった。彼女はチンキ剤のように、彼の思考のすべてに染みこんでいた。彼女は科学的に純粋で薬効のある、ありとあらゆるエッセンスの混合であり、彼女に匹敵するものは調剤手引書の中に何一つとしてないのだった。しかしアイキーは臆病で、彼の望みはその内気さとおそれの溶媒の中に溶解しないまま残っていた。カウンターの後ろにいるかぎり彼は優れた存在であり、自らの特別な知識と価値を認識しながら穏やかな気持ちでいることができたのだが、外に出れば、薬品の汚れとソコトラ産のアロエ、そして吉草酸アンモニアの臭いが染みついたサイズの合っていない服を着て、路面電車の運転手に罵られながら道をふらふら歩いているような、優柔不断で鈍くさい男なのだ。

 アイキーの「軟膏に入った蠅(*)」(まったく、ぴったりの比喩だ!)はチャンク・マクゴーワンである。

 マクゴーワンも、ロージーの投げかける明るい微笑みをとらえようと努めていた。ただし彼は、アイキーのように外野手としてただ待っているだけの男ではなかったのである。バットを掴むやいなやすぐさまうち取りにいったのだ。しかし同時に彼はアイキーの友人であり顧客であり、バワリーで過ごした愉快な夜の後、よくブルーライト薬局に立ち寄っては、打ち傷にヨードチンキを塗ってもらったり、切り傷に絆創膏を貼ってもらったりしていた。

 ある日の午後マクゴーワンは声もかけず、気安く店に入ってきて、静かに、ひげをきれいに剃り、固い意志と負けん気の強さを滲ませつつ、人の良さをも感じさせるような様子で、いすに座った。

 「アイキー」彼が声をかけたとき、彼の友人は乳鉢を持ってきて対面に腰を下ろし、安息香をすり潰しているところだった。「聞いてくれ。必要な薬があるのだが、もし持っていたら用意してくれないか。」

 アイキーはマクゴーワンの顔を検分していつものような喧嘩の証を探したが、そんな痕はどこにもない。

 「コートを脱げよ」彼は指示した。「どうせナイフであばらでも刺されたんだろう。イタリア系やスペイン系の連中は危ないと君には何度も言っておいたじゃないか。」

 マクゴーワンは微笑んだ。「いや、あいつらじゃないんだ」彼は言った。「あいつらは全く関係ない。でも君の診察も間違ってはいないな――コートの下、あばらの近くには違いない。そうさ!アイキー――ロージーと俺は、今夜駆け落ちして結婚するつもりなんだ。」

 乳鉢の縁を押さえていたアイキーの左の人差し指は折り曲がり、鉢を強く握りしめた。鉢を乳棒で乱暴に叩いたが、何の手応えも感じなかった。一方でマクゴーワンの微笑みは困ったような、憂鬱な表情へと変わっていった。

 「でもそれは」彼は続けた。「その時まで彼女の気が変わらなければの話さ。俺たちは二週間も前からこのことを隠れて相談していたんだが、逃げたいと言ったかと思えば、その日の夕方には、やめましょうよ、と来る。結局駆け落ちは今晩に決まって、ロージーもここ二日は乗り気でいてくれているんだよ。ただ時間まではあと五時間もあるし、その時になってすっぽかされるかもしれない。」

「君は薬が欲しいんだろう」アイキーは口を挟んだ。

マクゴーワンは落ち着かない、不安げな様子だった――いつもの彼の態度とは正反対である。彼は医薬品宣伝用のカレンダーを丸め、特に意味もなく念入りに、指に巻き付けた。

「百万ドル積まれても、この二重の障害のおかげで出だしからしくじるなんてことがあっちゃいけないんだ」彼は言った。「もう俺はハーレムに小さな部屋を借りたし、菊の花もテーブルに飾って、ヤカンはもういつだってお湯を沸かせるようになっている。それから九時半には準備を整えておくように牧師とも約束した。これで上手くいかなきゃ困るんだよ。あとはロージーの気がまた変わるなんてことさえなければ!」――疑念の餌食になったマクゴーワンはここで口をつぐんだ。

「まだ分からないんだが」アイキーはそっけなく言った。「それでどうして薬について話すんだ?僕は何をすればいい?」

「リドルのご老人は俺のことがあまり好きじゃないみたいだ」不安げな求婚者はそう続けて、なんとか自分の言わんとしていることを整理しようとした。「ここ一週間、俺がいるときは、ロージーをドアの外に出してくれない。下宿人が一人減るんじゃなければとうの昔に俺を追い出しているところだ。俺は週に二〇ドル稼いでいるし、彼女だってこのチャンク・マクゴーワンと駆け落ちしたところでなんの後悔もないはずなんだがな。」

「すまないけど、チャンク」彼は言った。「すぐ仕上げなくちゃならない薬があるんだよ。」

「なあ」マクゴーワンは急に顔を上げた。「なあ、アイキー、何か――何か女の子に飲ませれば相手の男のことがもっと好きになるような、そんな粉薬みたいなものはないかな?」

アイキーの鼻の下に隠れた唇は、インテリにありがちな優越感で見下すように歪んだが、何か答える間もなくマクゴーワンが続けた。

「ティム・レイシーが言っていたんだが、彼は一度アップタウンの医者からそういう類いのものをもらって、ソーダに入れて女の子に飲ませたらしいんだ。一口飲んだとたん、彼女には彼がすごく魅力的な男に見えだして、他の奴のことは三〇セントの値打ちにしか思えなくなったらしい。二週間もしないうちに結婚さ。」

強さと単純さこそチャンク・マクゴーワンだった。アイキーよりも察しの良い読者の皆さんであれば、彼のたくましい体が繊細な針金をピンと張ったように緊張していることにお気付きになるだろう。今にも敵地へ攻め入らんとしている優れた将軍のように、彼は起こりうる様々な失敗を防ごうと、あらゆる面で守りを固めようとしていた。

「だからさ」チャンクは続け、希望に満ちた様子で言葉を紡いだ。「もしそんな粉薬があって、今日の夕食で会ったときにでも飲ませれば、ロージーも強気になって計画をすっぽかしたりもしないと思うんだ。彼女を引っ張り出すのにラバが必要って訳じゃあないが、女ってのは自分でベースランニングするよりもコーチをやる方が好きだろう。もし薬が二時間だけでも効いてくれれば、あとは上手くいくんだよ。」

「そのばかげた計画は何時に始めるんだい?」アイキーは尋ねた。

 「九時ちょうどだ」マクゴーワンは言った。「夕食が七時なんだ。八時にロージーは頭痛で寝室に引っ込み、俺は九時にパーヴェンザーノ老人の裏庭を通らせてもらって、リドル家の塀の板が外れているところを抜ける。彼女の部屋の下までいったら、彼女が避難用のはしごで降りてくるのを手伝う。牧師のためにもここはなるべく早くやらなくちゃいけない。旗が降りた時にロージーが尻込みしなければ簡単なことさ。そういう粉薬を作ってくれないか、アイキー。」

 アイキー・ショウエンスタインはゆっくり鼻をこすった。

 「チャンク」彼は言った。「それは薬剤師が一番気を遣わないといけないような薬なんだ。お互い知らぬ仲でもないし、君になら教えてもよいかもしれないがね。まあ、そうだな、作ってやるよ。薬を飲んでロージーが君のことをどう思うようになるか見ておくんだね。」

 アイキーは調剤台の後ろに回った。そしてそれぞれが四分の一粒のモルヒネを含む可溶性の錠剤を二錠、粉末になるまで砕いた。そこに少しばかりの乳糖を加えてかさを増し、その混合物を白い紙に丁寧に包んだ。この粉薬を服用すると、大人でも数時間はぐっすり眠りこむはずだし、その上危険な副作用もないのである。彼はこれをチャンク・マクゴーワンに手渡すとなるべく水に溶かして使うよう指示し、この裏庭のローキンバー(*)より心からの感謝を受け取った。

アイキーの巧妙さは彼のその後の行動を聞けばはっきりとわかるだろう。彼はリドル氏に言付けて、ロージーと駆け落ちしようというマクゴーワンの計画をばらしたのである。リドル氏はずんぐりとたくましい、くすんだ赤煉瓦のような顔色をした、短気な男であった。

 「どうもありがとう」彼は簡潔に、アイキーに言った。「アイルランドのろくでなしめ!俺の部屋はロージーの部屋の真上なんだ。夕飯がすんだら上へあがって、猟銃に弾を込めて待っていよう。やつが裏庭に入ってきたら、婚礼の馬車の代わりに救急車で送り返してやる。」

 ロージーは眠りの神モルフェウスに捕らえられて眠り込み、彼女の血に飢えた父親が武装して待ち構えていることを思うと、アイキーは彼の恋敵が、失敗するほんの一歩手前にまで来ているように感じた。

 彼は一晩中、ブルーライト薬局で店番をしながら、何かの拍子に悲報がもたらされはしないかと待ちわびたが、誰も、何も来なかった。

 朝八時に昼番の店員がやってくると、アイキーはことの顛末を知ろうとリドル夫人の家へ大急ぎで出発した。すると、なんということだろう!彼が店から一歩出たそのときに、他でもないチャンク・マクゴーワンが通りかかった路面電車から飛び降りてきて、彼の手を握りしめたのである――顔に勝利者の笑みを浮かべ、喜びに頬を紅潮させたチャンク・マクゴーワンその人が。

「うまくいったよ」チャンクは楽園にいるような心地で笑って言った。「ロージーは時間通りに避難梯子のところに現れて、俺たちは九時三十分と四分の一秒に、何とか牧師のところまでたどり着いた。彼女は部屋にいるんだ――今朝なんて青いキモノを着て卵を料理してくれたんだぜ――ああ!全く俺は幸せ者だ!今度遊びに来いよ、アイキー。それで一緒に飯でも食おうじゃないか。橋の近くに仕事を見つけたんで、今はそこに向かっているところなんだ。」

「いや――その――薬は?」アイキーはどもりながら言った。

 「ああ、お前がくれたあれか!」チャンクは笑みを大きくして言った。「つまりさ、こういうことだ。昨晩、リドル家の夕食の席について、ロージーを見てさ、俺自身にこう言い聞かせた、『チャンク、この子を手に入れたいのなら、正々堂々とやるんだ――彼女みたいな素晴らしい女性に、汚い手を使うべきじゃない』。だから俺のポケットにはお前のくれた例の薬包紙が入ったままになっていた。そこで俺の目は、パーティーに参加したもう一人のほうへ向いたわけだ。俺は自分に言ったよ、この御仁は未来の娘婿に、しかるべき愛情を持っていないじゃないかってさ。それで俺は機会をうかがって、粉薬をリドルの旦那のコーヒーに入れてやったんだ――わかったかい?」

 

*旧約聖書より、すべてを台無しにしてしまう小さな疵のこと。

 

*ウォルター・スコットの物語詩『マーミオン』の登場人物。ほかの男と結婚する直前の女性をさらう。