戸山翻訳農場

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Who the Fuck is Kafka by  Lizzie Doron                         近藤みか

 ヘブライ語作家リッツィ・ドローンのWho the Fuck Is Kafka(2015)は、あるイスラエルの女性作家とパレスチナの男性ジャーナリスト・ナディムを巡る3年間の記録である。

 イスラエルとパレスチナ―――敵対する二国の民族として、そして共に平和を求める友人として、2人の間に立ちはだかる障壁を越え理解し合おうと歩んだ日々を、女性作家は1冊の本に著し、また、ジャーナリストは1本の映画に収めようとした。

 その女性作家の本が『Who the Fuck Is Kafka』。彼女はイスラエル第2の都市テルアビブで夫と2人の子供と共に暮らし、若い頃には女性兵士として国防軍に従事し、亡くなった母親はホロコーストの残存者だった。その経歴はまるでリッツィ自身を彷彿とさせるから、2人が同一人物であると断定してしまいそうになるが、本書の肩書きはRoman(長編小説)。つまりエッセイでもドキュメンタリーでもなく、フィクションなのだ。

 女性作家とナディムとの間には、交わされた3つの約束がある。

 

 彼は、実際のところ、私の本がどのように書かれているかを知りたがった。

 私は、いくつもの細かな設定に変更を加え、彼の語った現実をフィクションへ書き換えていることを話した。

 彼は笑った。「そんなに難しいことじゃないよ。」けれど、いくらフィクションであろうと、慎重に書くことを彼は求めた。「分からないものだからね。」

 彼は静かに言葉を継いだ。「頼み事が3つある。まず、その本は海外で出版してほしい。」自分の人生を脅かす可能性がある、と彼は語った。

「でも、ナディム、誰があなたに危害を加えるというの?」3年という月日さえも、彼の信頼を得るには足りなかったのだろうか。

「分からない。」率直な答えだった。「全く分からない。でもいつか必ず君にも分かる。」彼は私の肩に手を置いた。

「2つ目の頼みは?」と私は尋ねた。

「その本を、私の母に捧げてほしい。モナ・アブ・ヘニに。」彼女の名前を口にするとき、彼は一端言葉を飲み込まねばならなかった。

 彼は手を引っ込め、まるで自分自身を抱き締めるように、身体に腕を回した。

 彼の言うことは滅茶苦茶だ。ついさっき、個人を特定する全ての情報を伏せ、あらゆる名前、場所、日付を変えるようにと言ったばかりなのに今は、私の本を母親へ献げることを要求してくるなんて。しかし、この考えは私の中に留めておいた。

「さて、最後の頼みだ。」と言って彼はまた微笑んだ。

「僕にだけこの本を映画化する権利があると約束してくれ。君なら分かるだろう、僕には夢が必要だ。」

 私たちは約束を交わした。

 

 だから、『Who the Fuck Is Kafka』は、ヘブライ語で執筆されたにも関わらずドイツ語訳でしか読むことができないし、ノンフィクション調でありながらフィクションとして出版された。

 リッツィは、どこまでが現実でどこまでがフィクションなのかという問いに対して、以下のように答えている。「彼に送った初稿がチェックされて返ってきたとき、そこには前置詞しか残っていなかった。ほぼ全てが削除されていた。だから私はどうすればよいのかを彼に尋ねた。彼は分からないと答えた。けれど私はこの作品を、この関係を書き続けたかった。だから、モノローグという形式に変えて、読者へ向けて私自身の感情や経験を語るならよいかと尋ねた。全く違うコンセプトでね。彼は了承した。」

 物語は、20147月のテルアビブに鳴り響く避難警報から始まる。ガザ侵攻だ。

 前月にユダヤ系イスラエル人の少年3人の遺体がパレスチナ自治区ヨルダン川西岸で発見されたことをきっかけに、イスラエル国防軍とパレスチナ自治政府との間で行き詰まっていた和平交渉に戦火が放たれた。国防軍は本格的なガザ攻撃を開始。止むことのない報復の連鎖は50日以上にわたり、国際連合人権理事会はイスラエル非難決議を賛成29(発議者のパレスチナ自治政府とアラブ諸国)、反対1(アメリカ合衆国)、棄権17(欧州連合諸国と日本)で採択。8月までにガザ地区の死者は2000人超、負傷者は10000人超[1]にのぼった。

 テルアビブの自宅に備えられたシェルターに逃げ込む「私」の元へ、何度も姿を消しては現れてきたナディムから、安否を気遣う久しぶりの電話が入る。

 2人は2011年にローマで開催された国際中東和平学会で出会った。ナディムは東エルサレム出身のパレスチナ人で、人権擁護団体で活動するジャーナリストだ。ナディムの妻ライラが待つ家は、パレスチナ国内のイスラエル占領区にある。彼女にはパスポート所持が認められず、イスラエル軍が建設した分離壁の外へすら出られない。一方のナディムは、イスラエルから仮渡航証は発行されているが、飛行機に乗ろうとするたびアラブ人だからとテロリストの嫌疑をかけられ、搭乗時間が過ぎるまで拘束され尋問を受ける。予定通りの飛行機にはいつも乗れない。毎度のことだ、おかげですっかり免税店と仲良しさ、と遅れて現れた彼は会場の同情と笑いを誘った。

 翌日の講演会に登壇した2人に、ローマの聴衆から次々と質問が飛んだ。「なぜ平和にならないと思う?」「あなた方は互いに憎しみあっているのですか?」

 そして、パレスチナへの同情とは対照的に、イスラエルに住む「私」には、糾弾の声が容赦なく降り掛かる。「国に帰って政府に主張するべきよ、ガザでの戦争を終わらせることを!」怒号は止まない。「あなたが一体なにを失ったというの?」

 

 著者のリッツィー・ドローンは、1953年にイスラエル第2の都市テルアビブ南部に生まれ、イディッシュ語を母国語として育った。そこは、ショアーを生き延びたユダヤ人が身を寄せ合って暮らす地域だった。けれど、彼女の母がたった一人の娘にその経験を語ることは生涯なかった。リッツィーは自らのアイデンティティーを、イスラエルに求めた。18歳で故郷を離れ、ゴラン高原でイスラエル独自の発展を遂げた社会主義的生産共同体であるキブツの一員となり、兵役制に基づき軍隊に参加した。

 1990年に母が死んだとき、家族のお話を聞かせてとせがむ幼い娘に、彼女は何も語ることができなかった。知らなかったのだ、母の人生、自らの人生、自分が生きるこの世界を。収容所にて命を救われた母が唯一語ったことは、「人は必ず誰かの救いであるべきだ」ということだった。娘のために自らを語る勇気を持った母親であろうと彼女は筆をとり、第1作『どうして戦争の前に来てくれなかったの?』(1998)を発表。その後もブッフマン賞を受賞した長編『静かな時』(2003)や『母の沈黙』(2009)など、一貫してショアーの歴史とイスラエルの今を書き続けている。

 ナディムに出会うまで彼女は、イスラエルに住みながらイスラエル当局から身分証明書もパスポートも発行されない人々がいることを知らなかった。敵対関係にある2人の対話を描くという挑戦的な試みを通して彼女が追い求めるのは、イスラエル問題と対峙して生きる人々の救済、そしてその平和的解決だ。

 

 女性作家の希求とナディムの思惑とが複雑に入り組んだこの対話の旅に、物語中盤で突如ヨーロッパという外部の存在が介入したとき、読者は最も深い衝撃を受けるだろう。女性作家の故郷を巡り撮影を進めるなか、この映画製作に資金援助の申し出を受け、2人はテルアビブでEU高官のミシェルと対面する。シャネルのスーツを着た端正な顔立ちの彼女は、ナディムの語るパレスチナの惨状に深い同情を寄せて聞き入っている。

 

「半年前、ライラの父親が入院した。悪性腫瘍だった。」ナディムは話を続けたが、彼の言葉はミシェルだけに向けられ、私はもう蚊帳の外だった。「以来、ライラのガザ行きの許可をとるため必死になった。仲間内や他の非営利組織を当たってツテを探したが、何も手だてがなかった。おかしいよな、イェルサレムとガザの距離は車でたかだか2時間だ、分離壁の検問を考慮してもね。でも可哀想なことにライラを父親に会わせてやることはできそうにない。」

「まるでカフカね。」ミシェルの口からまた同じ言葉が零れた。彼女が私を見やる視線は、非難に満ちていた。

(中略)

法廷に立ち女性裁判官の目の前で、この血なまぐさい私闘は私の生まれた瞬間にもう既に繰り広げられていて、そこで何ひとつできなかった私に責任などないのだと泣き叫びたい気持ちだった。このエレガントな裁判官に怒りの眼差しを向けて、私も一人の被害者だと伝えたかった。現状の、政治家の、好奇の目の被害者であり、神による被害者だと。私だって、あなたみたいに生きたかった、ベルギーやスイスやフランスで!そして、ふと我に返った。ガザから来た女性の一体誰が、ミシェルの国で国籍を付与され暮らすことができるだろう。

 

 一方的な惨状のみを訴えたナディム、裁判官のようにジャッジを下すミシェル、やり場なく憤る私。

 ミシェルが去った後、ナディムが私に投げかけた言葉が本書のタイトルだ。「Who the fuck is Kafka?(なにがカフカだ)」。

 問題の核心はイスラエルとパレスチナの対立ではない。ここで浮き彫りになるのは、聳え立つ巨大な不条理を前に、怒りの矛先を互いに向け合うことしか出来ない人間の脆さだ。分離壁に分断された街に住むパレスチナ人の若者らを描いた映画『オマールの壁』(2013)が伝えていたのも、家族や友人、恋人を信じ続ける難しさだったことを思い出す。それでも主人公オマールは血まみれの手で必死に壁をよじ登り、越えようとしていた。互いを理解し合おうと試み続けることは、何て困難なのだろう。

 ローマ、テルアビブ、イェルサレムを巡る彼らの旅の記録は、2014年8月のイェルサレムに至る。姿を現しては消えるナディムの映画が完成することはなく、休戦中のイェルサレムで書かれたあとがきによって、1冊の本だけが締めくくられる。しかし、それは単なる小休止でしかない。2人の対話の旅は、冒頭の3つの約束が全て叶う日まで終わることはないだろう。この本を支えるのは、書き手リッツィ・ドローンが相互理解を信じて歩みを続けるその一歩一歩の力強さに他ならない。

[1] http://www.afpbb.com/articles/-/3023382