戸山翻訳農場

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2016年

8月

07日

この街の声                                 訳:有好宏文

 二十五年前、小学生たちは、習ったことを、声をそろえて唱えていた。それは、半ば語るような半ば歌うような唱え方で、聖公会の牧師さんがお説教する声と古びた製材所が唸る声の中間くらいだった。バカにしているわけじゃない。人生には材木やおが屑が必要だ。

 思い出すのは、あの美しくて為になる短い詩のような、理科の授業で習ったものだ。なかでも一番はっとしたくだりがこれ。

 

〈すねのほね からだでいちばん ながいほね〉[1]

 

 どんなに素晴らしかっただろう、人間の肉体と精神にまつわるあれこれが、こんな風に調子よくロジカルに、若い心へ吹き込まれていたら。でも実際に、解剖学や音楽や哲学から学んだことは、味気なかった。

 その日、ぼくはすっかりうろたえていた。一筋の光が必要だった。学校に通ったあの日々を振り返り、助けを求めた。だが、教室の固い長椅子に座って奏でた詩をみんな探しても、見つけられなかったのは、塊になった人間の声を扱ったものだ。

 言い換えると、大衆の混ざりあった声が伝えてくるもの。

 言い換えると、大都市の声。

 もちろん、個々の声がないわけじゃない。詩人の歌、小川のさざめき、次の月曜までに五ドルが必要な男の言い分、ファラオの墓碑銘、花たちが交わす言葉、車掌の「乗り降りはお早めに」という呼びかけ、午前四時にミルク缶の奏でる前奏曲、そういうものなら理解できる。耳の大きなやつのなかには、ヘンリー・ジェームズ先生が発生させる空気の振動が引き起こす鼓膜の震えだって感じ取れる、と言い張る者もいる。でも、この都市の声がわかる者がいるだろうか。

 出掛けて確かめることにした。

 初めに訊ねたのはオーレリア。白のスイス・コットンの服を着て、花飾りのついた帽子を被り、リボンや色んな切れ端を、そこらじゅうにひらひらさせていた。

「教えて、くれないかな」言葉が途切れがちになったのは、自分の声がないからだ。「この大きな――ええと――巨大な――ええと――でっかい街は、何て言ってる? 何かしら声があるはずだ。話しかけてきたりしない? どんな風に解釈してる? とんでもなくどっさり詰め込まれているけど、きっと鍵はあるはずだ」

「大きなサラトガ・トランク[2]みたいに?」オーレリアは言った。

「よしてくれ」ぼくは言った。「トランクの話じゃない。思うに、どんな街にも声がある。それぞれ、聞く耳を持つやつに何か言ってる。このでっかい街は何て言ってる?」

「どの街も」オーレリアは言った、裁判官みたいに。「言ってることは同じ。後に残るのはフィラデルフィアのこだまでしかない。そう、みんな同じよ」

「四百万の人間がいる[3]」ぼくは言った、学者みたいに。「狭い島内にぎゅうぎゅう詰めで、ほとんどの者がウォール街の水流に取り巻かれた子羊だ。あまりにいろんな集団が、あまりに狭い場所にひしめき合っているから、きっと、似かよった特徴を持つようになって――というより、なんか、むしろ、みんな同じになって――ひとつの喋り口調を、共通のチャンネルを通して、見つけ出すはずだ。言うなれば翻訳を調和させることで、それが凝縮し結晶化した概念が姿を現したとき、いわゆる街の声ってやつになる。それが何なのか教えてくれないか」

 オーレリアはとびきりの笑みを浮かべた。彼女は玄関前の階段の一番高い所に座った。生意気にもツタが一房、彼女の右耳の傍でぴょんと跳ねた。傲慢にも月の光が一筋、彼女の鼻の上でちらりと揺れた。ぼくは動じなかった、ニッケルメッキ [4]のように。

「行って見つけてくる」ぼくは言った。「この街の声が何なのかを。他の街には声がある。これは任務だ。見つけなくちゃならない。ニューヨークは、」だんだん調子が上がってきた。「葉巻を一本手渡して、『まあまあ。うかつに話して、どっかに書かれちゃ困るからさ』なんて言ってちゃいけない。他の街は違う。シカゴ[5]なら、ためらわず『話そう』って言う、フィラデルフィア[6]なら『話すのが筋だ』、ニューオリンズ[7]なら『昔はよく話したよ』、ルイビルなら『話しても構わないよ』、セントルイス[8]なら『ごめん今は忙しい』、ピッツバーグ[9]なら『けむてえこと言ってんじゃねえ』、で、ニューヨークは――」

 オーレリアは微笑んだ。

「よしっ」ぼくは言った。「行って見つけてくる」

 入ったのは宮殿のような建物で、床はタイル貼り、天井には天使ケルビムの絵、警官ともうまいことやっている。真鍮製の足置きに片足をのせ、ビリー・マグナスに訊いた、この地区一番のバーテンダーだ。

「ビリー、あんたはニューヨークに住んで長い――おれたちの街は、どんな風に、くだを巻いてる? つまりさ、街の声が何というか束になってカウンターを滑ってあんたのところへやって来ていろいろ混ざったその噂話が何というか都市をずばり言い当てたエピグラムになっててビターズ少々と輪切りの――」

「ちょっとごめん」ビリーは言った。「誰かが裏口のベルを鳴らしてる」

 ビリーは向こうに行った。空のブリキバケツを手に戻って来た。一杯に詰めると姿を消した。帰って来て、言った。

「メイムだった。いつも二度ベルを鳴らす。ビールを夕食に飲みたがって。メイムと子どもが。うちの腕白坊主が喜び勇んで子供椅子に座って、ビールを飲んでるのを見たら――ところで、何の用事だったっけ? 二度鳴ったら、つい取り乱してしまう――それで、野球の結果を聞きに来たんだっけ、ジンフィズだったっけ?」

「ジンジャーエール」と答えた。

 ブロードウェイまで歩いて行った。警官がひとり、角にいた。この辺りの警官は、子供のことは抱きかかえ、女性には付き添い、男には目を光らせている[10]。警官に近づいた。

「喋りすぎないようにするんで」ぼくは言った。「ちょっとお尋ねを。あなた、いちばんお喋りな時間のニューヨークを見てますよね。あなたがたお巡りさんの仕事は、街の響きを守ることでしょう。聞こえてくる市井の声があるはず。夜に、ひとりきりで見まわっているときに、きっと聞こえてますよ。ここのざわめきや喧騒を要約すると、どうなります? 街はあなたに何と言ってます?」

「あんたね」警察官は言った、警棒を回しながら。「街は何も言わねえよ。上のやつはいろいろ指図してくるけど。まあ、あんたでいいか。ちょっとここに何分か立って、巡査部長が来ないか見ていてくれ」

 警官は脇道の闇に消えた。十分もせずに戻ってきた。

「先週の火曜に結婚した」警官は少しぶっきらぼうに言った。「どんなものか分かるよな、あんたにも。彼女、あそこの角に毎晩九時に来て――それで言うんだよ、『ハロー』って。俺も、いつも頑張って行くようにしてる。えっと、さっき何訊いてたんだっけ? この街はどうか、だっけ? ああ、ルーフ・ガーデンが一、二軒ちょうど開いたところだ、十二ブロック北で」

 路面電車の線路がカラスの足跡型になったところを横切って、薄暗い公園に沿って歩いた。作り物の女神ディアナ[11]が、金ピカに彩られ、堂々と、つま先立ちで、風を受けて回り、塔の上でちらちらと、その名のごとく[12]、澄んだ月の光のなかで揺れていた。そこへ現る我が詩人、早足で、帽子をかぶり、髪をなびかせ、韻を踏むかのように軽快に踏み鳴らしていた。彼をつかまえた。

「ビル」ぼくは言った(雑誌ではクレオンで通っている)。「ちょっと力を貸してくれよ。任務で、この街の声を見つけ出さなきゃならない。わかるだろ、特別命令だ。ふつうなら、投資家のヘンリー・クルーズ [13]、ヘビー級王者のジョン・L・サリバン[14]、詩人のエドウィン・マーカム[15]、女優のメイ・アーウィン[16]、鉄鋼王のチャールズ・M・シュワブ[17]に集まって意見を言ってもらえば、それで十分だろう。でも今回は違う。探しているのは、広くて、詩的で、神秘的で、この街の魂と思想を表した声だ。おまえならきっと、ヒントをくれる。何年か前に、ナイアガラの滝に行った男が、そこの音を見つけて来た。ピアノのいちばん低い『ソ』から、2オクターヴ落っこちたくらいの音だ、と。今回は、そういうのよりしっかりした裏付けがないと、ニューヨークがどんな音かは言えない。なにか考えがないか、もしこの街が喋るとしたら、どんなことを言いそうか。きっと、力強くて、遠くまで届く声だと思う。探り当てるためにまず聞き取らなきゃならないのは、ガチャガチャした音だ、昼間の往来、夜の笑い声と音楽、パークハースト牧師[18]の厳粛な発言、ラグタイム、すすり泣き、人目を忍ぶ馬車の車輪のきしみ、新聞屋のわめき、屋上庭園の泉のしぶき、イチゴ売りの絶叫、エブリバディーズ・マガジン[19]のにぎやかな表紙、公園の恋人たちのささやき――そんな音がいっしょくたになって、声になっている――詰め合わせじゃなくて、混ざりあっている、その混ざりあいのなかから生じるエキス、そのエキスから絞ったさらに濃いエキス――音として聞こえる濃縮エキス。その最後の一滴を、探してる」

「覚えてるか?」詩人はくすくす笑いながら訊いた。「カリフォルニアの女の子、先週スタイヴァーのアトリエで会っただろ。今から会いに行くところだ。あの子、俺が書いた『春を捧げる』を一言一句暗誦した。この街いちばんの子だ、いまのところ。なあ、このひどいネクタイどう見える? 四本試してから、やっとひとつちゃんとできた」

「それで声は? さっき訊いた」

「ああ、あの子は歌わない」クレオンは言った。「でも、あの子が俺の『沿岸に吹く風は天使』を暗誦するのは、ぜひ聴けよ」

 次に進むことにした。新聞売りの少年をつかまえると、彼は、当てずっぽうばかりの、ピンク色の新聞をはためかせた。時計の長針が二回りする分、先のことまで載っている。

「きみ」ぼくはそう言いながら、ポケットの小銭を探るふりをした。「ときどき、この街がしゃべってる気がしないかい? 浮き沈みも、滑稽な商売も、おかしな出来事も、毎日起こるこの街だ――なんて言うと思う? 街がしゃべれるとしたら」

「バカ言ってんじゃねえ」少年は言った。「どの新聞にする? こっちはヒマじゃねえ。マグの誕生日で、プレゼントやるのに三十セントいるんだ」

街の声を通訳してくれるものは、いなかった。ぼくは新聞を買い、そこに書いてある、宣言されてもいない条約、計画されている殺人、起こってもいない戦いを、ゴミ箱に託した。

もう一度公園に行き、月影に腰を下ろした。考えに考え、どうして誰も質問に答えてくれないのか不思議に思った。

 するとその時、恒星の光にも劣らぬ速さで、答えが舞い降りてきた。立ち上がって、急いだ――閃きを得た者ならみんなそうするように、急いで自分の場所に戻った。答えがわかったから、胸に抱いて走った、誰かに呼び止められて秘密を横取りされないか、怖れながら。

 オーレリアはまだ階段の上にいた。月は高くなり、ツタは影が濃くなっていた。隣に腰かけ、ふたりで見上げると、ちいさな雲が漂う月に挑みかかり、ぼんやりと薄れて、散り散りになっていった。

 それから、驚いたのなんの、嬉しかったのなんの! ぼくたちの手がどうしてか触れあい、指が絡み合って離れなくなっている。

 半時間もするとオーレリアが言った、あの微笑みで。

「ねえ、戻って来てからひと言も喋ってないわよ!」

「それが」ぼくは言った、得意げに頷きながら。「この街の声なのさ」


[1] 人体で一番長い骨は大腿骨。すねの骨である脛骨は二番目に長い。

[2]十九世紀に流行した、婦人の旅行用大型トランク。

[3] 当時のニューヨークの人口。O・ヘンリーはニューヨークを描いた短編集に『四百万(Four Million)』というタイトルをつけている。

[4] 金属の表面をニッケルで覆う加工で、耐食性に優れる。

[5] 1893年に万博が開かれた。テーマは、科学技術の発展と工業への応用。これを機に建設ラッシュが起こった。人口は1890年に100万人を超え、フィラデルフィアを抜いてアメリカ第2位となり、1900年には約170万人まで伸びた。

[6] イギリス植民地時代から発展した古い街で、1776年には、鳴り響くリバティ・ベルの音で集まった市民の前で、アメリカ独立宣言が読み上げられた。

[7] 古くからゴースト・ストーリーで有名な街。

また、19世紀末から20世紀初め頃にはジャズの原型が発生。1897年、売春宿を集めた歓楽街「ストーリー・ヴィル」が造られると、ミュージシャンが集まった。1917年にストーリー・ヴィルが廃止されると、ミュージシャンの多くはシカゴに流れた。

[8] 1904年7月1日~11月23日、セントルイス・オリンピックが開かれた。

[9] 鉄鋼業などで栄えた工業都市。1901年にUSスチールが設立され、1910年代には全国の3分の1~2分の1を生産した。

[10] この頃、ブロードウェイでは路面電車が走り始めていた。跳ねられないように、通りを渡る女性や子どもに警察官が付き添っていた。

[11] マディソン・スクエア・ガーデン(2代目)の塔の頂上にダィアナ像があった。ニューヨーク全体から見渡せた。

[12] ディアナはローマ神話で、月の女神。

[13]  アメリカの投資家。1834~1923。イングランド出身。自伝『ウォール街での50年』(1908年)が有名。

[14] アメリカのボクサー。1858~1918。マサチューセッツ州ボストン近郊出身。初代世界ヘビー級王座(1882~1892)。

[15] アメリカの詩人。1852~1940。オレゴン州オレゴンシティ出身。

[16] カナダの女優。1862~1938。カナダ・オンタリオ州出身で、ニューヨークなどで活躍した。短編映画『M・アーウィンとJC・ライスの接吻』(1896年)は、映画史上初のキスシーンとして有名。

[17] アメリカの鉄鋼王。1862~1939。ペンシルベニア州ウィリアムズバーグ出身。ベスレヘム・スチールを創業、全米第二位にまで育てた。

[18] アメリカの牧師・改革者。1842~1933。ニューヨーク政府の汚職事件について、聖職者として説教を行ない、政治改革を促した。

[19] 1899年に創刊された雑誌。当初はノンフィクションや小説、詩を掲載した。O・ヘンリーのほか、ジャック・ロンドン、アラン・アレクサンダー・ミルン(「クマのプーさん」シリーズの作者)らの作品が掲載された。この頃は約50万部発行されていた。その後、パルプ・フィクション雑誌となり、1929年に廃刊。